みなさんこんにちは!管理人のキムだんなです。
先日は、一宮市民会館にて岸本先生の仏教講座を聞かせていただいてきました!
今回のお話で、仏教とは二つのことが教えられているとお聞きしました。
まず一つは「後生(ごしょう)の一大事」です。
これは一体どんなことなのでしょうか?
日本三大古典の一つ『徒然草』を大胆に解釈した意訳本
[こころ彩る徒然草](1万年堂出版・木村耕一・著)
https://www.10000nen.com/books/978-4-86626-027-3/
の一部を紹介したいと思います。
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一大事を解決して、浄土往生を願う人は、全てのことに優先して仏教を聞き始めるべきだと思います。
「今は、やりたいことがあるから、もうちょっと後で」
「人から非難されないように、やるべきことをやってから」
「まだまだ死ぬとは思えない。そう、慌てることはなかろう」
などと思っているうちに、日常生活で、やるべきことが、どんどん増えていくのです。そうやって後回しにしていると、いつまでたっても仏教を聞くことはできません。
世間の人を見ていると、「いつかは」「いつかは」と思っているうちに、一生が過ぎてしまう人が、ほとんどのようです。
ここで、よく考えてみてください。
隣の家から、突然、火が出たら、どうしますか。
火に向かって「ちょっと待ってくれ」と言っても無駄なので、恥も外聞もなく、必死に逃げるでしょう。どんなに大切なお金も、財宝も、命には代えられないので、置き去りにして逃げるしかないのです。
同じように、死は、待ってはくれません。洪水や猛火が、すさまじい勢いで攻めてくるよりも速く、私たちを襲ってきます。
「年老いた親の世話があるから」「幼い子供がいるから」「大事な仕事があるから」「大切な人がいるから」、もうしばらく待ってくれと泣いて訴えても、一切、聞いてくれません。情け容赦なく、全てから切り捨てられ、独りぼっちで、死出の山路を行かなければならないのです。
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こんな話しを聞いていると、だんだん気持ちが暗く沈んできて、もう聞きたくない!と耳をふさいでしまいたくなりますね。
これ以上は怖くて聞いていられないから、そんな話しはやめて!と思うかも知れません。
でも、たとえ聞くのを辞めたとして、それであなたが「死ぬ」という事実は、変わるのでしょうか?
…変わらないですよね。
必死になって見ないフリ、聞かないフリを続けていても、「死」という現実は刻一刻と、あなたの身に迫ってきているのです。
これが、仏教で教えられる「後生の一大事」です。
ここまでで話が終わってしまっては、ただただ暗く落ち込むだけで、最初から聞かない方がマシということになってしまいますよね?
もちろん、そんな事はなくて、仏教ではもう一つ「後生の一大事を解決」する方法が教えられているのです!
この、後生の一大事を解決し、未来が明るくハッキリしたことを「往生一定(おうじょういちじょう)」とか、「無碍の一道(むげのいちどう)」と言われ、
生きている今しか、この身になるチャンスはないのだから、はやく仏教を聞いて後生の一大事を解決しなさいよ、どんな人でも必ず解決できますからね、と仏教では勧められているのです(^.^)
さて、次回の岸本先生の仏教講座は…
2月29日(土)よる18:30〜20:30
名古屋駅から地下直通で行ける会場
「ウインクあいち」で開催されます!
テーマは『人生がガラリと変わる縁〜ブッダが明かす幸せのレシピ〜』
です。
ご縁を求めて、ぜひお越しください♪